背番号『51』のおもろい夫婦展 寄稿:14回生(ひとんよか会) 山 田 東 一

背番号『51』が夫唱婦随による個展『おもろい夫婦展』を開いた。

おもろい夫婦の作品展

満を持して、背番号『51』 が「書画」「陶芸品」などを一堂に会して催した個展である。ここで言う「背番号『51』」とは大リーグシアトル・マリナ―ズの「イチロー」ではなく、川内工一君(14回生)のことである。彼はオリックスバファローズの前身の「阪急ブレーブス」に入団し、ストレート球を楯にした速球派投手として、一時代を風靡したが、その在籍時につけていた背番号が『51』なのである。今は「イチロー」が継承しているが、背番号『51』はまさしく、川内投手が先駆者である。 背番号『51』は硬式ボールを筆に置き換え、「書道」という自らの趣味を超越し、プロ的な個展『おもろい夫婦展』を早苗夫人との合同で開いたのである。いわば、背番号『51』は自分の人生の中で育み、培い、そして体験した、「静」と「動」ほども異なる2つの「プロ」(野球・書道)を享有したことになり、そのなせる力量及び技量はすばらしいと思う。阪急ブレーブス時代の背番号『51』の勇姿が髣髴として蘇り,「イチロー」の背番号『51』と二重写しに浮び上がって来るようである。

鬧熱(とうねつ)を極める神戸・南京町の中華街の一角

にある瀟洒(しょうしゃ)なギャラリー「蝶屋」に一歩足を踏み入れると、権藤邦夫君(14回生)等の名を連ねた色彩鮮やかな花輪などが立ち並び、明るい室内照明の中で浮き彫りになっている「書道・絵画」と早苗夫人の手作り「創作陶芸品」などが技の饗宴を競い、観(み)る者の興趣を誘っている。川内夫妻が多彩に織りなす「表現の世界」に一驚し、思わず、その世界に引きずり込まれ、そして、駸々乎(しんしんこ)として、陶酔してしまう 展示されている作品群を刮目(かつもく)しながら足を運んで行くと、平櫛(ひらくし)田中(でんちゅう)氏(彫刻家)の言葉を豪快にそして軽快に墨書された作品が目を奪う。それは「六十,七十ははなたれ小僧、男盛りは百から百から」と教える平櫛田中氏の言葉を背番号『51』なりの優雅な書風の筆致で捉えている作品である。背番号『51』が集大成した多くの作品の中から敢えて厳選したと思われるこの作品が伝える剛毅な内容は背番号『51』自身の思想・生活観・人生観の断片そのものであり、

「今回の個展は単なる通過点にすぎない。これからも続ける」

おもろい夫婦のツーショット

という背番号『51』の言動からしても、生活の中に深く浸透し、そのリズムを万遍となく奏でている。さらに、観(み)る者にとって、その厳選の意図する事実を理解するまでに時間がかかることはない。 前長崎西高同窓会会長 鈴木一郎氏(4回生)は平成16年度長崎西高「心に響く人生の達人セミナー」の講演に於いて、在校生達に『草創期の西高に学んで』という演題の中で「特異な経験をする機会があれば求めてしておいた方が良い」と述べられ、さらに「いろんな機会を捉えて、他人と違った特異な体験をし、自信を持って人生にチャレンジして欲しい」と結ばれている。背番号『51』は「『個展』と『プロ野球選手』」いうW特異な経験をする機会Wを凛(りん)として、絶妙なコントロ−ルで見事に実践して見せたのである。

関西在住の14回生「ひとんよか会」の面々も来展し、

主人公

川内夫妻の『おもろい夫婦展』の開催を祝福していた。「ひとんよか」という名称は14回生のW特異な体験W『韓国・ソウル還暦修学旅行』中に背番号『51』の提案によって、関西在住14回生の集いを対象として誕生したものである。「ひとんよか」という「人品の良さ」を意味する長崎弁の沁(し)みついた語呂合せと言葉自体のひょうきんなひびきが選考の大きなキメ手となっている。今後も、背番号『51』は「ひとんよか会」と共に“心に響く人生の達人”を永遠のテーマとして目指す、たゆまぬ挑戦を演じ続けて行くことだろう。 (鈴木一郎氏の講話は長崎西高ホームページより引用させて戴きました。)

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